最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
ラクトバチルス・メデューサ | ハルキ文庫 |
著者 | 出版年 |
武森斎市 | 2000年 |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
面白かった。
オビで大森望絶賛バカSF的奇想とあったから,「BH85」みたいな話かと思ったら,案に相違してきわめて上質の医学サスペンスだった。遺伝子工学で作られた「ラクトバチルス・メデューサ」による遺伝子拡散という着想そのものは似ていなくもないが,こちらはメカニズムもかなり詰めて考えられているので生物系のハードSFとしても高く評価できるし(ProNASのナノバクテリアの論文は,ぼくもかつて読んで衝撃を受けたのだが,あのネタをこういう風に料理されるとは凄いと思う。冠動脈にまで行ってしまう感染経路とかベクター・ファージのメカニズムとかの詰めには甘さもあるが),今の衛生行政と薬事行政のいい加減さと危機対策の危うさを強く訴える点,篠田節子の「夏の災厄」にも感じられた的確な現状批判となっており,著者自身が医師であるだけに強い力を感じた。さらにさらに,沖坂医師の視点に填って読んでみると,青春冒険小説としても優れている。ところどころドキっとする発言が出てきて,研究室の臨場感についても優れていると思う。骨粗鬆症予防にカルシウムという短絡的な臨床栄養学への批判を読みとるのは深読みしすぎか。基準値と母集団の意味をわかっていそうな著者ではある。今年読んだSFの中では最高傑作といってよい。まあ,そんなに何冊も読んだわけではないけど。