最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
ミトコンドリアと生きる | 角川oneテーマ21 |
著者 | 出版年 |
瀬名秀明,太田成男 | 2000年 |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
やはり今年の一般向け科学書のベストはこれだと思った。同じミトコンドリアテーマで今年でた好著として,黒岩常祥「ミトコンドリアはどこからきたか」(NHKブックス)があるが,あちらは真核細胞がミトコンドリアを飼い馴らしたという立場で,かつ著者自身が発見した「ミトコンドリアの分裂装置」にテーマが収斂していくのが見事ではあるものの,一般向けとしてはちょっととっつきにくい気がした。この「ミトコンドリアと生きる」は,酸素をうまく使うための真核細胞側,ミトコンドリア側双方にとっての分かち難い共生という立場で書かれ,かつテーマが広く文章が読みやすいので,一般読者はこちらから入る方がいいと思う。
感想としては,ミトコンドリアが生殖とアポトーシスに関与しているのは,エネルギー生産工場であることから考えれば,むしろ自然なことだと思う。生殖細胞と体細胞にどのようにエネルギーを振り分けるか,という戦略が個体の寿命と繁殖戦略のバランスを決めるのだから,それが一ヶ所で決まっているというのはもっともらしい。同じ活性酸素の毒性を考えるなら,非局在性からいっても,フェリチンからの鉄放出よりもミトコンドリア絡みの方が先の展開が広そうだと思う。
それにしても,この本は頭の整理になるし,ぼくが知らなかった最新の知見もいくつか触れられていて面白かったのだけれど,他の章に比べて4章は少し浅い気がする。分子遺伝学の研究者自身が集団遺伝学の数理を十分に理解していない場合が往々にしてあるから甘い研究が混ざっているし,膨大かつ玉石混淆の考古学の知見のどれが主流なのかということを把握するのは困難だろうと思われるので(オセアニアへの人類の拡散については,例えば,オセアニア学会のWEBサイトで公開されているシンポジウム記録(http://www.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/~oceania/rep20thc.html)を参照されたい),仕方ないことかもしれないが,このあたりが専門性の限界か? なお,去年のクリスマスイヴのScienceに載った,組換え経由で父系のミトコンドリア遺伝子も伝わりうるという論文にも触れていなかったことについては,WEB日記で指摘したら,その説については賛否両論あり,信頼性が十分でないから触れなかったという返事があった。
また,誤植が多いのには閉口したが,そのことをWEB日記で指摘し,校正の時間が足りなかったのだろうか? と書いておいたら,ご自身のサイト(http://www.asahi-net.or.jp/~fx2h-szk/i/top.index.html)で情報を公開しているという返事をメールでいただいた。さっそく見に行ったら,新着情報の一番下にあった。こういうフォローアップは,簡単そうでなかなかできないことだと思うが,科学書については是非やって欲しいことで,その意味でも本書は素晴らしい。ちなみに,ぼくも気づかなかった誤植もいくつか掲載されていたが,p.143の図5.4のキャプション中の2ヶ所のIAP(AIPの誤植と思う)は載っていなかったので,追加していただけるとありがたい(と書いたらすぐに追加してくださった。さすがである)。