最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
4人はなぜ死んだのか インターネットで追跡する「毒入りカレー事件」 | 文春文庫 |
著者 | 出版年 |
三好万季 | 2001年6月(1999年7月刊行の単行書に大幅加筆したもの) |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
実に得るところが大きかった。文藝春秋掲載時に本屋で目を通したので大まかな話は知っていたが,これだけの問題追及を中学生がやれてしまうというのは,物凄いことだと思う。
本書を子どもをもつ親の立場として読むと,強く感じることは2点ある。
1つは,子どもを抑圧することなく全面的にサポートする著者のご両親の教育方針の偉さで,なんだか偉すぎなので弱ってしまう気もするのだが。
もう1つは,子どもを守るのは親の見識と行動しかないのだということで,大変重要なポイントに気づかせてもらったと思う。和歌山県立医大附属病院に娘さんが運び込まれたときに「こんなん,食中毒やあらへん。毒物や! ちゃんと毒物の処置をしてもらわんと」と医師に強く要望して,胃洗浄とチオ硫酸ナトリウムを勝ち取ったKさんのような行為ができれば,親として理想的だろう。知識をもっていて,パニックに陥らずに妥当な判断ができて,かつ必要なことはきちんと要望を出すというのは,なかなか難しいことだと思うけれど,そうありたいものである。
本書から得られる情報の中で,BML: diagnosis on Web(http://mach.bml.co.jp/diagnosis/),香菜が砒素の解毒作用をもつ物質を含んでいること(林原で検証済みということも),AAN(アジア砒素ネットワーク=http://www.asia-arsenic.net/)が既に現地での香菜栽培に取り組んでいることなどは知らなかった。和歌山毒入りカレー事件の検証をしただけではなく,アジアに広がる砒素中毒の問題(当時は数十万人だったようだが,今では1桁多いと思う)にも視点を広げ,解決策まで提案しているという点がすばらしい。もっとも,インドの緑の革命はもちろん地下水使用量を増やしたので砒素汚染がでてきた一因ではあったが,公衆衛生活動の一環として飲料水を地表水から地下水に転換したことも原因の一つとして想定可能なのに,その点への言及がなかったのはやや甘いか? 寄生虫を体内で飼う羽目になっても,砒素中毒で死ぬよりはずっとましだという価値観もありえると思うが,そうは行かないところが医師を指向する著者らしいといえばらしい。コリアンダー(香菜の種)がインドで大量に生産されていることは,それがインドカレーの香辛料のメインであることを考えれば当然である。その意味で,砒素カレーというのはきわめて皮肉な事件だった。砒素を吸収するシダの話には触れられていなかったが,香菜と比べるとどちらが土壌から砒素を吸い上げる効率はいいのか比較する価値はあると思う。もっとも,香菜の場合は吸い上げるだけでなく解毒する作用があるのだとすれば,そちらの方が優れている可能性は高いが。
なお,第4章は完全に文庫版のために追記されたもので,毒入りカレー被害者救済のための説明責任すら未だに果たされていないという指摘や(マスコミは声をあげよ!),英語を身につけるには耳からするべきだという方法論の展開など,これもまたinformativeである。著者が事故で失明寸前までいったという話は知らなかったが,運良く快復して米国で医師になることを目指しているという現状報告には安心した。是非頑張って欲しいと思う。中高生主体の通信インフラによる常時接続事業構想などに触れた「あとがき」も出色だが,IT革命の負の側面には触れられていないのは,著者の若さなのだろう。ともかく全体としては大変エキサイティングな良書であり,Webサイトのbrowsingなんかしている人なら,必読書といっていいのではないだろうか。
著者のWEBサイトは,http://www.platz.or.jp/~yoroz/である。